太宰治 斜陽 感想と表現

NHK系列の放送で太宰治についての特集を見て作品を読みたくなったので斜陽と人間失格を購入。今回は斜陽についての感想と表現を書いていく

 

作家太宰治とは

青森県津軽地方出身で六男として生まれる。本名は津島修治。実の母に見捨てられたり、津島家から離籍させられ不安や苦悩から自殺未遂をするなど波乱万丈な作家。「走れメロス」や「人間失格」が有名。斜陽は中編小説で1947年から4回にわたり連載。

 

 

あらすじ

敗戦後、元華族の母と離婚した私(かず子)は財産を失い伊豆の別荘へ引っ越す。最後の貴族である母、徴兵中麻薬中毒になり帰ってきた弟直治、作家の上原。私は新しい恋を始めようとする、、、、没落した人々を描いた作品。

 

 

感想

最後の怒涛の展開に衝撃を受けたが解説を読むと今までの作品がすべてつながって書かれたのだというのもあり、より感動が増した。太宰治がすごい作家といわれている理由が分かった。この荒れた時代に手紙や遺書などの描写を長いのに緩急のある文章、苦しさや人間の哲学が描かれていて本書を通して今の時代は時代遅れだー!もっと先鋭的な時代になるぞー!という叫びも込められているように感じた。個人的には母親のかわいらしい描写が自分の母親に似ていたので無駄に感情移入して読み進めてしまった。

 

 

伝えたかったこと

今までの道徳や概念にとらわれずに団体ではなく個人として生きろもしくは死のう

ということを伝えたかったのではと捉えた。

クライマックスにかなわなかった恋人上原との子が宿った主人公かず子は結婚ではなく一人で子を育て生き抜いていくことを決める。上原から見た愛人の妊娠。それは家制度の否定や母が亡くなったことで貴族という身分を捨て新しい身分、”自分”として生きる。

一方正直というのを目で体現した上原の妻に一目ぼれしたかず子の弟直治は自分は生きにくいことを遺書に残し自然死という名の自殺をする。貴族なのに貴族らしくないやさしさで包んでくれた母の死により直治の生きる根幹となっていたものが崩れた。また貴族という階級に取りつかれ民衆と仲間にいれてもらいたくて薬を始めたり女を抱いて見たりしたがちっとも面白くなく疎外感を感じていた。

人間はみな、同じだ

という言葉に違和感を覚えた。なぜ優等と言えないのかと。同じではないから生きにくくなってしまった。人間生き抜く権利があるなら死ぬ権利もあるはずだ。だから自然死を選んだ。

 

どちらも人はみな同じではないというのを恋という形で表し、貴族という身分を事実上捨てるか残すかで自己を確立していく。ポツダム宣言を受諾し天皇人間宣言をしたように天皇が国民の絶対的存在でなくなった。つまり絶対的な存在=母でいなくなったことでこれからは一人で自己意思を決定しなければならないというメッセージだと感じた。戦後の時代背景が斜陽に深く関わっている

 

恋を「戦闘、開始」と表現しているところも味わい深いと感じた。恋は身を削って命がけでするものだと。妻以外にも生涯何人もの愛人を作っていた理由は幼少期に母に見捨てられたり乳母にも裏切られるなどの女性への不信感がぬぐえないところからそれが本にも影響が出ているのだと思う。

 

 

遺書のシーンで泣いてしまった、、気になった方は購入して読んでみてほしい。

 

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